青チップ クラシック・JAZZの衰退と本の電子化について


  3月11日に起きた東日本大震災では主に津波で約2万人の死者、行方不明者を出す大災害となった。
 三陸は古来たびたび大津波に襲われており、近くは明治三陸地震(1896)、昭和三陸地震(1933)などで大きな被害を受けている。当地では「てんでんこ」という教訓があるという。地震が起きたらすぐにめいめいで(てんでばらばらに)高台に走れという意味だ。助け合っていれば全滅してしまうからだ。
  今回の地震津波で大きな被害が出たのは、三陸地方の漁港や、都市、町村等戦後の国土開発で十分な地震・津波対策がなされ、以前のような大災害にならないという油断があったと言わざるを得ない。地震が起きて約半年、本当の意味で今までの防災計画のどこに問題があったかの究明も行われていない。未だに災害復旧もままならず、新しい復興モデルもできあがっていない。これを菅前総理一人の、また民主党一党の責任にしてしまうのはいかがかと思う。戦後日本の従来の政治や行政のありかたでは答えが出せないのではないか。少子高齢化の右肩下がりの経済のなか、新しい国家経営戦略が必要なのではないか。政治家、官僚、学者、企業経営者、すべての国民の英知を結集して答えを見つけ出さなければならない。
  
  今回の震災では、福島第一原子力発電所が津波の被害で致命的な事故を起こした。炉心溶融および水素爆発が発生し、大量の放射性物質が外部に放出された。国や各電力会社は、この事故が起きる以前は、日本の原発は万全の対策がとられており、いかなる災害に対しても安全であると断言してきた。ではなぜ、今回このような未曾有の大事故を引き起こしたのか。それは今回の津波が「想定外」だったからだという。福島第一だけが「想定外」だったのであり、その他の原発は安全なのだそうだ。日本の原発は絶対安全なので、もしおきたらどう対応するかという危機管理対策はなかったようだ(アメリカにはあるそうだ)。未だに無計画にその場しのぎのもぐらたたき的対策に終始している。原因究明も、事故の責任もあいまいなままである。
  今回の放射性物質の放出で多数の人々が住環境を失い、農業、畜産業、観光業、あらゆる職業で多大な被害をうけている。一義的には東京電力が被害の補償をすべきだが、おそらく一私企業で弁済できる額をはるかに超えている。第一に被災者の救済(それも早急に)、次に企業や国の責任究明を行い、福島第一原発事故の処理を大局的に国をあげて問題解決していかなければならない。
 
  車は事故を起こすし、機械は壊れるものだ。その時いかに安全を確保するかが「フェールセーフ」の考え方だ。原発は絶対事故が起きないという保証はシステムである以上ありえない。もし故障が起きた時の被害が、得られるメリットに比べ極小であるか、甘受できるのか(日本の交通事故の死者は平成21年は4914人)。アメリカ国家安全運輸委員会の調査によると世界中で航空機に乗って事故で死亡する確率は0.0009%、アメリカ国内において自動車事故で死亡する確率は0.03%なので航空機は車の1/33の確率である。
  原発は事故の頻度は極めて少ないが、起きてしまうととりかえしのつかない大事故となる。今後日本の原発はどうすべきか。金を湯水の如くばらまいて人間の劣情につけこむやり方ではなく、万一の時被害を受ける周辺住民の意思をしっかり確かめ、今後も電気を原子力に頼るべきか考えてもらいたい。

<佐藤 文弘>


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